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「いだてん」金栗四三先生と竹早高校

吹奏楽部・大河ドラマ「いだてん」演奏に参加

[平成31年2月8日更新]
 

金栗四三先生

[平成31年2月更新]
 
 日本マラソン界の発展に大きく寄与し、NHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』の主人公にも描かれた金栗四三先生は、大正10(1921)年から昭和4(1929)年まで、府立第二高等女学校(現在の竹早高校)で地理歴史の先生をしていました。
 金栗先生は、ストックホルム(1912年)、アントワープ(1920年)、パリ(1924年)とオリンピック3大会に出場(1916年ベルリン大会は中止)しています。パリオリンピック出場は、第二高女・女子師範での在籍中のことでした。

 
 
竹早高等学校百周年記念誌「竹早の百年」より

 大正9年4月に第三代高橋清一校長が赴任した。高橋校長は若い熱意のある教員を多数採用し、とくにスポーツと芸術に力を入れ、校内の雰囲気を一新した。

 この時に女子師範(注:のちに東京学芸大学)及び第二高女(注:のちの竹早高校)に迎え入れた教員には、当時我が国に紹介されはじめたバレーボールやバスケットボールなどの指導者として草分け的な存在であった三橋喜久雄・義雄先生や日本で最初のオリンピック参加選手で、マラソン王といわれた金栗四三先生等が含まれていた。

 三橋義雄・上山辰二両先生はバレーボール、上山先生と斎藤運太郎先生はバスケットボール、三浦佐市先生はテニスを主に担当し、金栗先生はマラソン以外に登山の指導も行った。さらに、金栗先生はスポーツの指導にとどまらず、校外への遠征旅行を企画したり、修学旅行に豪華客船による船旅を取り入れたりと、高女生に外の世界に出ていく楽しさ・世界の広さを体感させ、多大な影響を与えた。
 
 
 
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